hosokawa_17309-1600x1068

 

細川たかし(ほそかわ たかし、本名:細川 貴志、1950年6月15日 – )は、日本の演歌歌手。血液型A型。身長173cm、既婚。三橋美智也に師事。2002年頃まではバーニングプロダクションに所属、その後は新栄プロダクションを経て、エフエンタープライズ系列の細川たかし音楽事務所に所属している。民謡三橋流の名取であり、三橋 美智貴(みはし みちたか)とも名乗る
細川たかし(39回目)
上京する前は、札幌・すすきののクラブを中心に歌手活動を行っていた。雰囲気が森進一に似ていたことから“札幌の森進一”と呼ばれていた。その活動に東京の芸能プロダクションが着目し、上京してメジャーデビューする。歌手になるため、「1年で売れなかったら戻る」と約束して妻子を残し、北海道から上京した。

 

1975年4月1日『心のこり』(作詞なかにし礼、作曲中村泰士)で歌手デビューする。伸びやかな高音と民謡で鍛えられた肺活量で迫力を持った歌声は評価され、第6回日本歌謡大賞で放送音楽新人賞、第17回日本レコード大賞最優秀新人賞など、同年の音楽新人賞を多数受賞。1位~10位のすべてにランクされるという記録を樹立し、80万枚を売り上げ大ヒットした。

 

1982年(昭和57年)3月1日、「北酒場」(作詞:なかにし礼、作曲:中村泰士)を発表。これはヒットし、オリコン1982年度年間5位となり、第24回日本レコード大賞を初受賞した。

 

1983年(昭和58年)2月21日、ちあきなおみが1976年に発表した「矢切の渡し」(作詞:石本美由紀、作曲:船村徹)のカバーを発表。オリコン1983年度年間2位のヒットとなり、史上初の第25回日本レコード大賞2連覇。大賞受賞年の翌年は売れないというジンクスを打ち破った。

 

2007年、出資法違反容疑で警視庁から家宅捜索を受けたエル・アンド・ジーが円天の顧客獲得のために開いた会員向けコンサートの仕事を約50回にわたって引き受け、多額の出演料を得ていたことが発覚した。他にも多くの歌手を紹介し、彼らの出演料の一部(およそ4割といわれている)を紹介料としてピンハネしていた疑惑も判明。その結果、「多大なる心配を掛けた」ことを理由に第58回NHK紅白歌合戦出場を辞退した

 

wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E3%81%9F%E3%81%8B%E3%81%97
 
 
 
 
次へ↓ ↓ ↓