風光明媚な島の主な産業は『観光』

観光が主な産業であるため
2000年(平成12年)の国勢調査に見られるように、
島の人口の92%が島内及び島外の宿泊・飲食業(第三次産業)に従事している。

海水浴やスペイン村の宿泊地として
家族連れや団体に利用されるとしているが・・・。

渡鹿野島へどうやって行くのか

【電車】
・大阪・京都・名古屋から近鉄線にご乗車いただき、志摩市の中心「鵜方(うがた)駅」で下車します。

・「鵜方駅」から三重交通バス6番のりば「渡鹿野渡船場経由安乗(あのり)行き」にご乗車いたき、「渡鹿野渡船場」で下車します。

・バス停の目の前が渡船場となっています。船は常に島と本土を行き来しています。
車いすの方、介助が必要な方は事前に旅館などへご連絡いただくとスムーズです。

【車】
・伊勢自動車道または国道23号線を利用して伊勢方面へ。

伊勢から伊勢道路、または第二伊勢道路を利用して鵜方へお越しください。鵜方から標識に従って5分ほど進むと、渡鹿野渡船場です。駐車場を各旅館へお尋ねください。

渡鹿野島の歴史

古くは伊雑宮の神領であったとも言われ、
江戸時代には江戸と大坂を連絡する菱垣廻船・樽廻船が
増えたこともあり避難・風待をする港としての重要性が高まった。

船乗りなどのための宿のほか、風待ちの船乗りを相手とした、
把針兼(はしりがね)と言われた水上遊女なども集まり、
遊郭街としても大いに栄え女護ヶ島といった別名を持つこととなった。

史跡としては江戸時代に灯台に使われた石柱などがある。

1931年に俳優の上山草人が映画「唐人お吉」の撮影で訪れ、
島民と意気投合。草人の別荘を建てる話がまとまり、
島から寄贈された大日山頂の別荘の門には
谷崎潤一郎が書いた「草人漁荘」という竹の表札が掲げられた。

草人はこの島を東洋のモナコにすると意気込み、
「文壇、画壇、劇団のあらゆる友人を誘って、猟奇的な
この島でなければ味わわぬ変わった情趣をもつ
エロ探検と波静かな絵画美に富んだ島の風景を満喫させようと
計画している」と語ったが、門と亭のみで別荘は建たなかった。

第二次世界大戦中は島内に予科練の基地の設置が
計画された事などから、激しい空襲にもみまわれた。

1954年にはこの島を舞台に
伴淳三郎主演の「この恋!五千万円」という映画もつくられた。

 

 

 

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