伊藤リオンの生い立ち&経歴

伊藤リオン

出典:https://twitter.com/

地元では”心優しい子”で知られていた伊藤リオン

現在でこそ”黒い狂犬”と呼ばれて半グレ達に恐れられている伊藤リオンさんですが、昔は近所でも心優しい子で知られていたそうです。

 

伊藤リオンさんは1983年に東京都杉並区で誕生したようです。

 

現在の伊藤リオンさんからは想像もつきませんが、近所の評判によれば少年時代は普通の心優しい少年だったようです。

 

近所の主婦は「夜中に会った時、野良猫をなでていた。『猫、好きなの?』と聞くと『はい』と答えた」と気の優しい一面も明かす。1品が数百円単位という台湾料理店によく通い、店員は「日本語が上手な子だった。酢豚をよく食べていた」と証言する。Iの実家には車や暴走族の“足”となるバイクもなく、婦人用自転車が1台あるだけだった。

 

引用:zakzak – 海老蔵暴行犯、意外な素顔…実家周辺で高評価、無罪説も

 

凶悪な半グレで”優しい”もへったくれもありませんが、少年の頃の人間らしい心は現在も完全に失ったわけではないようで、伊藤リオンさんは”筋が通ったワル”だと言われています。

 

つまり、”一般人には”理由のない暴力を振るうような人間ではないということでしょう。しかし、同じ人種であれば手加減をしない、それが伊藤リオンさんが恐れられる理由のようです。

 

1981年~1985年までに生まれた世代の少年凶悪犯は”キレる17歳”と呼ばれましたが、伊藤リオンさんもまさにその世代です。

 

「酒鬼薔薇事件」や「秋葉原通り魔事件」などがこの世代が起こした有名な事件として挙げられますが、伊藤リオンさんが絡んだ後述する「東洋ボール殺人事件」もまた挙げられています。

 

伊藤リオンさんの両親は離婚しているようで、母子家庭で育ったと言われています。

 

 

伊藤リオン

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ベルディ・ジュニアに入団した伊藤リオン

伊藤リオンさんの運動神経は一般人のそれを凌駕していたようで、50メートルを5秒台で走り、練習をしなくても誰よりもサッカーが上手かったと言われています。

 

伊藤リオンさんは1994年の小学校5年生頃にヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ)の下部チームだった、ヴェルディ・ジュニアに入団して活躍していました。

 

そして伊藤リオンさんは1996年に東京都杉並区富士見ヶ丘中学に入学すると、ベルディ・ジュニアユースに入団。FWでレギュラーを獲得します。

 

 

そして、中学校で不良に目覚め始めた伊藤リオンさんは、後の関東連合元・リーダーだった石元太一さんと出会います。

 

「伊藤リオンは運動神経が良すぎて練習なんかしなくてもサッカーがうまかった。練習中にゲームボーイをしてたぐらいです。でも当時から、よくノーヘルで原付に乗って環八通りを走っていたんです。そのころ『暴走族に興味があるのか?』と声をかけてきたのが、今回最初に海老蔵さんに髪の毛を掴まれたと言われているT先輩なんです。それでT先輩の所属していた世田谷を本拠地とする有名チームに入るようになったんです」

 

引用:海老蔵を殴った「黒い狂犬」との異名も持つ伊藤リオン

 

石元太一さんに誘われるまま、伊藤リオンさんは杉並区の有名暴走族(名前不明)に加入します。

 

 

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